モリオの不定期なblog

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漫画のキャラクターを動かす3DCGアニメーション、その先にある一瞬の脈動に涙する<THE FIRST SLAM DUNK/感想>

 手描きの画の質感を3DCGで表現しているアニメーション作品が好きです。立体的な正確さを担保したことで生まれる臨場感を持ちながら、手書き特有の立体的な嘘を入れた躍動感のある見栄を表現していく。手描きと3DCG、両方の利点を活かしながら、画が動いている快感を追求していく表現は、何処かで観たことがあるようで、今までに観たことのない映像を見せてくれる。そして何より、「手書きの画を素因数分解して3DCGで再構築する」という試みそのものに魅力を感じる。手描きであるが故に起きていた「こうならざるを得ない」要素を3DCGで再現する。3DCGであるが故に起きる「こうならざるを得ない」を生かしつつ、如何に手描きの「こうならざるを得ない」要素に肉薄していくのか。

 

そうした魅力は特撮に近いものを感じます。模型や着ぐるみを使って、街の中に巨大な怪獣や巨人が立っている映像を作り出す。等身大であるが故に生じる「こうならざるを得ない(スケールの違い)」をどう料理して、本物に見せるのか、あるいは「こうならざるを得ない」からこその表現を追求するのか。ゴールをどこに設定し、どうやってアプローチしていくのか、そのルート設定から始まるメイキングを含めて成果物に魅力を感じます。

 

近年、セルルック3DCGという手描きアニメーションを3DCGで表現した作品または、手描きアニメーションと併用した作品が増えてきています。背景は3DCGでキャラクターは手描きの作品もあれば、背景もキャラクターも3DCGの作品もあるように、その配分や作り方は作品や制作会社ごとに異なります。手描きアニメーションが積み上げてきたメソッドやエッセンスを如何にして3DCGに溶かし込むのか、方法自体が画期的な作品もあれば、溶かす精度にも高い作品もある。その幅広さは、観る側を飽きさせない。

 

そんな中、手描きの質感を再現した3DCGアニメの決定版とも言える作品が誕生した。

 

それは、『スパイダーマン:スパイダーバース』です。

 

コミックの質感を3DCGで再現してみせた最高のアニメーションは、「手描きが立体的な映像になったら、こうなるのだろう。」という説得力の塊となっており、2018年の公開時には、その精度の高さに歓喜し、衝撃を受けました。

 

mori2-motoa.hatenablog.com

 

各社が新たな溶かし方または高い精度の溶かしによる日本のアニメーションの質感を追求してきた中、漫画の質感という、手書きは手書きでも日本のアニメーションとは異なるアプローチで、かつ完成系とも言える精度で突如繰り出してきた『スパイダーバース』の衝撃。きっと黒船来航を実際に目撃した人は、こんな気持ちだったに違いない(多分違う)。

 

3DCGアニメーションの更なる可能性を感じると同時に、セルルック3DCGとは似て非なる新たなるアニメーションへの渇望。『スパイダーバース』以外でも観られることを待ちに待ち続けて、飢えと言っても差し支えないレベルにまで到達する中、出会った作品が、『THR FIRST SLAM DUNK』。公開された特報を観て驚愕しました。

 


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SLAM DUNK』のロゴの向こうに映る登場人物の見た目、動き、映像全体の質感。それらは自分がこれまでに観てきたセルルック3DCGからは乖離しており、カットは短く映像は少ないながらも、引きつけられるには十分過ぎるものでした。

 

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映画『THE FIRST SLAM DUNK』特報【2022.12.3 公開】 - YouTube より

 

キャラクターの動きを立体的に見せている輪郭線のチラつきや動き、その線と線の間を埋める色の塗り、紙の上に書かれたかのような質感の一つ一つが漫画のページ越し・コマ越しに観ているかのように錯覚させる。デフォルメされた画でありながら、単調でも簡素でもないリッチな映像から伝わってくる圧が半端ない。漫画とアニメ、実写とアニメ、あらゆる垣根を超越した映像が見られることへの期待に満ちていました。

 

漫画『SLAM DUNK』は、子供の頃に、たまたま親が借りていた全巻セットを1度だけ読んだことがあります。世代というには遅かった自分にとっては、優れた作品の再映像化ということ以上に、漫画のアニメーション化への関心・期待が高かったです。

 


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続く予告編。ベールを剥がされ鮮明に見える映像には、生きたキャラクター達が映っている。立体的な正確さからは3DCGアニメのような・実写のような生々しさを感じるのに、どのタイミングで再生を停止しても漫画の一コマに出来そうな映像。眼福と言う他ありませんでした。

 

もう一つ気になった点は、宮城リョータにフォーカスしていたこと。読んだのは一度だけとはいえ、印象的なコマは勿論、大筋やキャラクターについてはある程度覚えていて、主人公が桜木花道である認識はありました。しかし本作では、そうではなく異なる視点から描かれていく可能性がある。その予感は、自分にとって「一つの映画」としての期待値を高める要因になりました。

 

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映画『THE FIRST SLAM DUNK』予告【2022.12.3 公開】 - YouTube より

 

というのも、長期に渡る連載及び展開がされていた漫画を原作とした場合、ハイコンテクストな作劇になる可能性があります。映画を観賞する上で1から10まで全てを理解する必要はないと思うし、1から10の中で1つでも楽しめる取っ掛かりが掴めるなら、それで充分だと思ってもいます。しかし、そうした作劇は、原作への理解度が低い新参者が楽しむ余地・取っ掛かりを無くしてしまう。

 

フォーカスする人物の変更には、そうした懸念を払拭してくれる可能性を感じます。原作にはなかった新しい視点や展開は、一つの映画で完結する要素になり得るし、宮城リョータのドラマが『SLAM DUNK』の新たな背骨になってくれるかもしれない。映画が好きな身としては「単体でも楽しめる」ということへの重要度は高い。

 

その点で素晴らしかった作品が『GANTZ:O』です。漫画『GANTZ』を原作とした3DCGアニメーション映画で、原作の中盤にあたる大阪編を描きながら、記憶をリセットされる設定などを生かし、物語の始めと終わりを「単体でも楽しめる」形に落とし込んでいました。

 

とてつもない映画になる予感しかない『THE FIRST SLAM DUNK』は、私の心に最高のスラムダンクを決めてくれるのか(何を言ってるんだ…?)。映画館という名のコートに入場してきました。

 

 

 

(以下、映画本編のネタバレがあるのでご注意ください。)

 

 

 

 

 

 始まりから描かれる宮城リョータと彼の兄であるソータとの別れ、二人を繋げるバスケットボールの存在によって、バスケットボールに向き合うこと、試合で体を全力で動かすことが生きることに直結していると印象付けている。

 

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映画『THE FIRST SLAM DUNK』公開後PV 30秒 【絶賛上映中】 - YouTube より

 

続くOPでは、鉛筆の線で描かれた白黒のキャラクターたちが動き出す瞬間が描かれていきます。キャラクターを形作る線の濃淡や太さ、影などの黒い部分の塗りのムラ、動きの大小を問わず変わっていく要素が、キャラクターたちに命が吹き込まれているのを感じさせる。アニメーションにおいて、動くことこそがキャラクターにとっての生きる第一歩であると印象付けている。

 

物語とアニメーションを「動く」というキーワードで符合させ、本作において「動く」ことが最上のカタルシスに繋がることを提示してみせる。そんな本作の最高のスタートに興奮が止まりませんでした。初っ端から桜木花道が決めてみせるアリウープを始め、自分の高揚感に答えてくれるかのようなキャラクター=選手たちのプレイが素晴らしかった。

 

 

 

 本作において外せないのが、時間の流れの自然さです。漫画をアニメーション化する上で越える必要のあるハードルの一つは、漫画の中の時間の流れ方をリアルに近い映像作品の時間の流れ方に如何に翻訳できるか、ということだと思います。漫画では流れている時間の中から一瞬を切り取った一つのコマの中に、台詞などの情報が多い場合があります。しかし、その切り取られたコマの直前・直後の動きを描いていないからこそ、読者の中で補完、辻褄を合わせることができ、違和感を生じさせない。しかし、そのことを失念して映像化してしまうと、違和感が噴出してしまう。

 

例えば、昨年放送された『鬼滅の刃 遊郭編』では、終盤で神速で動いている善逸に追いついて話している伊之助という、熱い展開が揺らぎかねない珍妙な映像が繰り出されました。原作は未読であるため、原作ではどのように描写されたのかは不明ですが、神速で流れていく背景の中で宙に浮きながら数秒間話し続ける伊之助の姿には違和感を禁じ得なかった。

 

「漫画をそのままアニメ化してほしい」という意見に対して、自分が同意できない理由はそこにあります。一瞬を切り取る形式で時間の流れ方が独特だからこそ、コマとコマの間にある余白で保管できる漫画という表現を、補完の余地が比較的少なくなる映像表現においては、適切に翻訳する必要があると思うからです。

 

しかし、漫画の印象的なコマを映像でも同じくらい印象に残す、ということも同じくらい重要だと思います。ピンポイントで静止画を用いる作品もありますが、前後の動きが補完されることで、どんな流れの中のあの構図・コマが決まるのかを観られるアニメーションの魅力が楽しめないのは勿体無いように思えます。


本作では、試合の流れが整地されていることで、その上で起こる劇的な動きが必然的に感じられる。そうしたリアルに作り込まれたアクションを、漫画・アニメ的な切り取り方・構図や漫画の質感を再現したアニメーションによって強調していく。そうすることで、流れを止めず、かつ、一瞬の劇的なカットも印象に残る。

 

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映画『THE FIRST SLAM DUNK』公開後PV 30秒 【絶賛上映中】 - YouTube より

 

時折挟まれるスローモーションも流れを阻害しておらず、寧ろキャラクターの体感時間にリンクしており、キャラクターたちの内面に自然とフォーカスできるようになっています。流れを止めない試合から、キャラクターたちの、特に宮城リョータの回想シーンが展開されていきます。

 

 

 

 本作で描かれる回想シーンは、キャラクターとバスケットボールとの接点の解像度を高めていきます。バスケットボールをすることで兄弟・家族の絆を深めていましたが、兄が亡くなってしまったことで失ったものの象徴になってしまった。更には母親との距離感すら見失ってしまう。しかし、バスケットボールをプレーすることは生き甲斐であり、居なくなってしまった兄との繋がりを保ってくれるものでもあります。だからこそ、兄が付けていたリストバンドを付けて試合に臨むことは、バスケットボールを教えてくれた兄の死を受け止め、それでも・だからこそ、バスケットボールを続けることを決めた宮城リョータの想いを象徴しています。

 

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映画『THE FIRST SLAM DUNK』予告【2022.12.3 公開】 - YouTube より

 

バスケットボールを全力でプレーすることが、彼にとってどういう意味があるのか、ということへの理解を深めてくれます。試合の中で見せる動きが彼の記憶と結び付いて、一挙手一投足に気持ちが乗ってくる。彼がゾーンプレスを突破した時のカタルシスは、試合の中だけでは生まれることができないほど強大なものでした。

 

試合、バスケットボールの試合、1人による個人プレーではなく5人の選手のチームプレーで構成されるバスケットボールの試合です。宮城リョータから発せられたドラマがボールのパスを介して他のキャラクターへ伝播していく。

 

背番号4番センターの赤木剛憲、通称ダンナ。背番号14番シューティングガード三井寿、通称ミッチー。ダンナは、見た目以上の圧と迫力を感じるダンクを決め、ミッチーは、腕がもう上がらないのに3ポイントシュートを決めまくる。「試合に勝つ」という共通するシンプルな思いが、ドリブルやパスなどのゴールを目指すプレイによって可視化されている。そうすることで、宮城リョータと同じベクトルの熱量を感じ取ることができる。また、宮城リョータの回想にも登場する二人は、過去と試合との結び付きを強固にしています。

 

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映画『THE FIRST SLAM DUNK』公開後PV 30秒 【絶賛上映中】 - YouTube より

 

その熱量の伝播を促進しているのが、1年組。背番号11番スモールフォワード流川楓。スタンドプレーを可能にするほどのテクニックを持つルカワがパスによる連携をするシーンは、チームプレーの醍醐味を感じさせ、ドラマの伝播を加速させる。ルカワ自身もプレイにおいて、パスという手数が増えたことで、戦術も無限に広がっていく。「そんなタマじゃねぇよな?」「一つ忘れているぜ…」のセリフに象徴されるように、戦術的にも、ドラマ的にもルカワの活躍がチームを刺激していく。

 

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映画『THE FIRST SLAM DUNK』公開後PV 30秒 【絶賛上映中】 - YouTube より

 

背番号10番パワーフォワード桜木花道(問題児)。バスケットボール素人の我らが天才は、宮城リョータとの回想シーンからは最も遠い存在。しかし、これほど強い存在感を放っているのは、やはり本作において重要な要素である「動く」を最も実践していることに起因していると思われます。「主役は、この天才桜木だ!」と言わんばかりの花道の主張の強さは、主で映っている訳ではないカットでも、端っこにチラッと映り込むほど。その規格外な問題児の活躍は、カート内の熱を外に波及させるだけではなく、画面の向こう側の我々の視野を広げていく。

 

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映画『THE FIRST SLAM DUNK』CM30秒 試合開始まであと1日【2022.12.3 公開】 - YouTube より

 

そんな花道に訪れるのが、選手生命を脅かす背中の怪我です。「動く」ことに力点を置いてきた本作において、「動く」ことを阻む怪我は最大の障害であると言える。それに対して「俺(の栄光時代)は今なんだよ…!」と花道は言い放ち、コートへ戻っていく。湘北高校はもちろん、対戦相手の山王工業高校を含めた選手たちの思いは、花道と相違ないことを確信させる彼らの表情も相まって、選手の「動く」ことと生きることをより密接にしています。

 

 

 

 そうして選手たちの情動で画面が満たされた末に訪れるラスト20秒。それは、あまりにも劇的で感動的でした。雪崩のように流れ始める時間の中でキャラクター・空間の動きに付与される線は、漫画の画の再現に見えます。キャラクターや読者の視点に動きを与える線であり、静止画の前後をイメージさせるための線。動かすことができない漫画だからこそ必要だった線が土壇場でアニメーションと合わさることで、一連の流れを表現するアニメーションでありながら「一瞬」の表現に変貌する。映画・試合としてクライマックスであり、心身ともに極まっている選手たちの体感を表現するものとして、線が機能している。そしてそれが、最後の無音のスローモーションの静寂と緊張感の表現にも繋がっていく。

 

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映画『THE FIRST SLAM DUNK』予告【2022.12.3 公開】 - YouTube より

 

そして音、山王の逆転のシュートが決まり、心の中で絶叫をアウトプットする暇も余裕もなく「!!!!!!!」と言葉にならない声を頭の中で響かせている内に聞こえてくる、

 

 

 

ド!

 

 

 

ド!!

 

 

 

ド!!!

 

 

 

ド!!!!

 

 

 

ド ! ! ! ! !

 

 

 

自分の心臓の音に錯覚する鈍い音、見えてくる桜木の足。この土壇場でも「動く」ことを止めない天才桜木の姿は「諦めらたら、そこで試合終了ですよ。」という幻聴を呼び起こす。自分の頭の中と映像で起こっていることの区別ができなくなるほどの作品と同期した状態で目に映る光景は、作品が意図して脱色しているのか、自分の意識がそうさせているのか分からない。託されるボール、最後のシュートチャンス、放たれるパス、添える左手。

 

 

 

 

 

行け!

 

 

 

 

 

 

行け!!

 

 

 

 

 

 

行け!!!

 

 

 

 

 

 

行け!!!!

 

 

 

 

 

 

行 け ! ! ! ! !

 

 

 

 

 

 

静寂に包まれる中で頭の中で響く自分の声。ゴールが決まった瞬間の歓喜と脱力。体の中に広がる感覚は、実際に40分の試合を経たかのようでした。

 

 

 

 流れる時間が一瞬に圧縮されたかと思えば、無限にも思える長さに延びていく。自分の体感時間がキャラクター・作品と一致していく体験は唯一無二のものであり、それを作り出す3DCGアニメーションは、漫画と現実を繋ぐ、とてつもないものでした。今回の映画化に当たり、足された物語と同じくらいかそれ以上に削られた物語もあったと思います。しかし、宮城リョータの物語に端を発し、試合中のプレー・チームプレーへ熱が伝播していくことで一つの映画に形作られた本作は素晴らしかった。そして何より、画が「動く」原初的な素晴らしさがビジュアルと物語の両方から伝わってくる、これ以上にない3DCGアニメーション映画を観られたこと、本当に嬉しかったです。