現在放送中の『仮面ライダーゼロワン』で新フォーム「メタルクラスタホッパー」が登場しました。基本フォームのライジングホッパーからシャイニングホッパーとシャイニングアサルトホッパー、ストレートに格好良く進化してきているゼロワン。
【次回ゼロワン】
— 仮面ライダーゼロワン (@toei_zero_one) 2020年2月2日
第21話いかがでしたでしょうか。
次回、裁判対決 決着!
ゼロワンが新たにまとう力は、崖っぷちの飛電にとって究極の救世主となりうるのか…おったまげなそのパワーに次回も刮目ready go!https://t.co/o6SjtD9arA#仮面ライダーゼロワン #ゼロワン #メタルクラスタホッパー
【動画情報】
— 仮面ライダーおもちゃウェブ公式 (@bandai_ridertoy) 2020年2月2日
2/15(土)発売「DXメタルクラスタホッパープログライズキー」のCMが公開中!
ギラギラに輝く巨大なメタルバッタのプログライズキーで仮面ライダーゼロワン メタルクラスタホッパーに変身!https://t.co/j03GJ5HJOt#仮面ライダーゼロワン pic.twitter.com/78QTkAyqcQ
平成ライダー、特に平成2期に分類される仮面ライダーでは、アイテムや顔をそのまま体にくっつける「全部乗せ奇抜」(例:ビルド ジーニアスフォーム)や元から奇抜なことによる「どうあがいても奇抜」(例:グランドジオウ)、奇抜なデザインに慣れた頃にそれを上回る奇抜さでくる「奇抜の上乗せ」(例:エグゼイド マキシマムゲーマーレベル99)などがあります。(あくまで個人的な認識です。)
「仮面ライダーのデザインは奇抜。」という土壌がある程度かたまっている中でのゼロワンの進化形態。シリーズをずっと追ってきた人、その土壌が強固な人にとっては、シンプルに格好良いことが寧ろ奇抜なのではないかなと思ったりもします。「こんなに順調に格好良いと、最終フォームで奇抜なデザインがくるのではないかと。」と逆に不安になっている反応がSNS上で見られたのが印象的でした。
順調に(?)格好良いフォームを積み上げている仮面ライダーゼロワン。その最新フォーム(2月9日現在)であるメタルクラスタホッパーには、ヒューマギアの可能性を示す上で非常に大きな意味を持つのではないかと楽しみにしています。そして同時に、楽しみであるからこそ、不安を感じています。
(以下、作品本編のネタバレがあるのでご注意ください。)
飛電インテリジェンスの作ったAIロボット・ヒューマギアとZAIAエンタープライズの作ったウェアラブル端末・ZAIAスペック。どちらが優れているのかを競う「お仕事5番勝負」が、現在は行われています。3番目の勝負が終了した時点で、飛電インテリジェンスは1勝2敗。その中でヒューマギアが再び暴走してしまう事態が発生。それに対してZAIAエンタープライズの社長である天津垓は、ヒューマギアではなく人間の方が優れていると主張します。
シンギュラリティに達した=感情を持ったヒューマギアは感情を制御することができず、人間に対する怒りを垂れ流して人を襲う。そんなヒューマギアを廃棄すべきだと。
この「感情を制御する。」ということに関する話が非常に興味深いなと思います。以前「『仮面ライダーゼロワン』という作品がやろうとしていることは、ヒューマギア(AI)と人間の対比を通じて、人間の当たり前を見直す、場合によっては再定義することなのではないか」と自分は書きました。
「お仕事5番勝負」編では「感情の制御」にフォーカスを当てていると思います。
ここで考えるのは、天津垓が今やっていること、そして飛電或人がこれまでやってきたヒューマギアの撃破は「感情の抑圧」に該当するのではないかということ。コントロールできないから壊そう。感情を制御できないから壊そう。それで一旦は解決しますが、根本的な解決にはなってない。
あえて意地悪な言い方をすると、言い訳できるゼツメライザーなどのベルトや滅亡迅雷.netの存在がなくなったことで、これまで棚上げにしてきた問題に対して答えを出さなければいけない時が来た。
そこで出てくるのがメタルクラスタホッパー。
制御することのできないメタルクラスタホッパーの力。しかもその暴走は人間の悪意を学習(ラーニング)した衛星アークと接続することによるものです。否が応でも、天津垓の主張を連想させます。メタルクラスタホッパーは、ヒューマギアの抱える「制御できない問題」を仮面ライダーゼロワン=飛電或人に転写する存在とも言えます。
だからこそ、メタルクラスタホッパーが突破口になるのではないかと思うのです。仮面ライダービルドの時のように、問題を克服する過程で「ヒューマギアは感情を制御できる。」という可能性を提示できるのではないか。
ゼロワンのパワーアップという枠を超えて、ヒューマギアにとっての希望になるような大きな存在になるのではないかと思います。しかし同時に不安も感じます。暴走をアッサリ克服してしまうなど、扱い方を誤れば作品のテーマが一気に浅くなってしまいかねない。
だからこそ、メタルクラスタホッパーの今後が楽しみであると同時に不安でもあるのです。
ここまで考えてみると、対戦相手の人が割と露骨にヒューマギアに対して悪意をぶつけてくるのも、天津垓の言う「感情を制御できない」ことを意識しての演出なのかと思えてきます。
今自分たちが生業にしている仕事が、いつかAIやロボットに取って代わられるかもしれない。
AIが生活の中で聞く機会が増えてきている現在、そういう漠然とした不安を少なからず感じていると思います。そんな気持ちの現れなのか、インターネットで検索してみるとAIに取られる仕事のランキングというものが沢山出てきます。
『仮面ライダーゼロンワン』では、そうした不安など漠然としたものを突っついてきている。人の感情に訴えかけるお笑い芸人から始まり、寿司職人や教師、漫画家のアシスタントなど、決して単純作業ではない職業をヒューマギアがこなす様子が描かれてきました。漠然としていた「AIに仕事が取られる可能性」に『仮面ライダーゼロワン』は現実味をおびさせてきた。更に今の「お仕事5番勝負」は、対決という形でそういう気持ちを煽る構造になっている。
「勝たなければならない!」「負けを認めたくなかった。」
対戦相手の台詞だけ見てみると、物凄く刺さります。対戦相手側の人間に嫌でも自分を重ねてしまう。勝負の舞台(職業)が、もし自分の生業だったら?そう考えずにはいられません。
あえて大げさな言い方をすると、対戦相手側の人は「お仕事5番勝負」における人類代表です。自らの敗北は、その職業に携わっている人々全員の敗北をも意味する。そのプレッシャーは計り知れません。だからこそ、対戦相手であるヒューマギアに対して悪意を向けてしまい、暴走のきっかけを作ってしまっています。
感情の制御は決して、人事ならぬヒューマギア事ではありません。
メタルクラスタホッパーの制御、そしてヒューマギアの感情の制御を経て、ヒューマギアは何をラーニングするのか。そして或人が言ったように、人もヒューマギアから何を学ぶのか。そんなことを考えながら、新フォームを含めた今後の展開に注目したいと思います。