モリオの不定期なblog

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ピアニスト達の生きる遠い世界。たとえ一瞬でも、その一端に触れる。<蜜蜂と遠雷/感想>

 映画に限らず様々なエンターテインメントに触れる上での楽しさや素晴らしさの一つは、自分が見たことのない世界、自分が触れたことのない領域に連れていってくれる事だと時々考えます。映画を観ている間、自分の知らなかった世界を触れさせてくれて自分の世界を広げてくれる。

 

そんな事を改めて感じさせてくれた作品が『蜜蜂と遠雷』です。ライブやコンサートはおろかコンクールに行った事がない自分にとって、ピアニストたちが身を置いている世界や彼らが見ている光景は決して知る事はできない。そんな中で本作は、映画の持つあらゆる表現を用いて、その一端を私に触れさせてくれました。

 

 

『蜜蜂と遠雷』ピアノ全集[完全盤]

 

 

 

 

 

 本作の秀逸な点は、徹頭徹尾ピアニストたちに寄り添った演出がなされている事です。彼らがピアノを弾いている瞬間、どんな事を感じ何を見ているのか、それを映像で物語っています。

 

彼ら自身のモノローグによってではなく、そこに至るまでの過程で見てきた景色や彼らが積み上げてきた思い出の挿入を以て、彼らがピアノを弾く事に込める思いを浮かび上がらせてくれる。また、演奏者を遠くから映したかと思えば、演奏者の目の前をカメラが通過する。そんな動と静を使い分けたカメラワークが、彼らの心情の表現に一役買ってくれています。

 

特に良かったのは、松岡茉優さんが演じる栄伝亜夜さんが演奏する時です。彼女の頭に浮かび上がっている光景がピアノに映るシーンは、彼女の感情がピアノに流れ込んでいくかのようでした。

 

極め付けはラストシーン。コンクールに挑戦する中で、自らにとってピアノを演奏する事、音楽を奏でる事の意味を彼女は模索していました。そしてその答えを見つけた時、彼女が最後に何を見たのか。彼女のつかんだもの、それが確かに感じ取れるシーンになっています。

 

 

 

 また、演奏を聴く人たちの表情、もしくは共に音を奏でている人たちの表情を切り取る事で、ピアニストたちの成長と演奏を違った角度で感じ取れます。

 

個人的には小野寺昌幸さんを鹿賀丈史さんの表情に注目してほしいです。確かな実力を感じさせながらも故に小難しい印象を受ける指揮者。そんな彼の表情が、ピアニストと共に演奏をした時にほころぶ瞬間は、不思議な高揚感と多幸感を与えてくれます。あの固そうな口角が上がる様子に、思わずこちらもつられてしまいました。

 

 

 

 形にする事の不可能な音、それを奏でる者の目には何が写っているのか。確かに感じ取れると書いてしまいましたが、それはピアニスト達が身を置いてる世界のほんの一端なのだと思います。松坂桃李さんが演じる高島明石さんというピアニスト。彼はサラーリーマンとして家族を養いながらピアノの練習に励んでいました。そんな彼でさえも、ピアノに全てを捧げている人たちの見ている世界は分からないと言いました。

 

だから、たかだか2時間の映画の中で感じ取ったものは、本当にわずかな物なのだろうと思います。でも、たとえそうだったとしても、そこに「触れる事ができた」だけでも、この映画を観た価値はあったと思います。

 

ピアニスト達の見ているものの一端を、たとえほんの僅かでも、たとえ一瞬だとしても、垣間見せてくれる。そんな素晴らしい作品でした。