モリオの不定期なblog

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「GODZILLA」でなく「HARLLUO」しかし物語に込められたテーマは完全に「GODZILLA」-私がアニゴジを好きな理由-<アニゴジ最終章>

 11月9日金曜日、『GODZILLA:星を喰う者』が公開されました。子供の頃から見ていたゴジラが初めてアニメで描かれるという事で発表当時から楽しみでした。加えて『シドニアの騎士』や『亜人』、『BLAME!』を制作したポリゴン・ピクチュアズが本作のアニメーション制作を担当するということで高い期待感を胸に公開を待っていました。第1章と第2章は特撮らしいシーンが無く少し物足りなさは感じるものの、これまでのゴジラ映画には無い戦闘シーンが魅力的でゴジラや怪獣に対する考え方も怪獣映画ならではでとても面白かったです。最終章では人類の物語がどのような終わりを迎えるのか、ゴジラとギドラの対決はどのように描かれるのかという事を楽しみに最終章も公開初日に映画館で鑑賞してきました。

 

 

 

(以下、映画本編のネタバレがあるのでご注意ください。)

 

 

 

 物語の終盤、主人公であるハルオがゴジラへ特攻を行い撃墜されて最後を迎えるという衝撃的なエンディングで幕を閉じました。終了直後、正直どのように受け止めたら良いのか分からず呆然としていました。また、ゴジラとギドラの対決よりもハルオとメトフィエスのやりとりに割かれる尺が長く戦闘シーンも想像していたより少なかったため戦闘シーンに対する満足度は第1章と第2章と比較すると低かったです。

 では本作対して不満なのと問われると、そのような事は全くなかったです。むしろ第1章と第2章の評価を上げる結果になりました。脚本を担当した虚淵玄さんによりゴジラのテーマを深く考えた物語が作られポリゴン・ピクチュアズによりSFの壮大な世界観でその物語を描き切った事に好感が持てました。1954年に誕生したゴジラにおけるテーマの一つとして「核実験など科学技術によって生み出された負の産物」があります。本作においても、ゴジラは人間の科学技術の発展の末に誕生した生物である事が言及されています。

 ハルオは終盤に人類の科学技術と、ゴジラに強い怒りを抱いている自分をこの世から消し去りゴジラに対する人類の怒りを断ち切る事で人類とゴジラの戦いに終止符を打ちました。ハルオの選択は自殺行為であり、これまでの人類の努力を全て消し去る行為です。しかし、そんな選択をさせてしまったのは元を辿ればゴジラを生み出してしまった人類です。科学技術を日々発展させ続ける現代に通じる部分があり、人ごとには到底思えません。2回目の鑑賞時、終盤におけるゴジラへのハルオの特攻の場面では涙が止まりませんでした。

 本作『星を喰う者』は、人類が生き残る代償に人類が積み上げてきた全てを捨てる人間の物語が描かれており、ゴジラのテーマに対する一つの回答が示されていました。特撮技術を思わせる描写が無い事など「ああしたり、こうして欲しかった。」と感じる部分は無い訳ではありません。しかし、これ以上にないくらいゴジラのテーマを考えて今までにない形で描いた事に本作の意義を感じ素晴らしい作品だと思いました。1年かけて描かれた初のアニメ版ゴジラ、その最後を飾る作品として最終章『星を喰う者』は私にとって心に残る作品でした。